【論文掲載】表情の変化から激しい運動中の脳の疲労を評価

表情の変化からわかる!激しい運動中の脳の疲れを客観的に評価
研究成果の概要
新潟医療福祉大学健康スポーツ学科の越智元太講師、小山智也さん(健康スポーツ学科4年)、小根山慶汰さん(健康スポーツ学分野修士課程1年)らの研究グループは、運動の強さを中強度から高強度へ上げていく際の表情の変化に注目しました。その結果、特に口元の動きが大きい人ほど(AU25:唇の開き)、心理的覚醒度(集中力や注意力に関与)が低下していることを明らかにしました。
この研究成果は、運動中の脳の疲れを体に負担をかけずに、リアルタイムに評価できる新たな指標として活用できる可能性があります。この報告は2025年10月27日付けでスポーツ科学の国際学術誌「Journal of Sports Sciences」に掲載されました。
研究の背景
マラソン中継など「選手の口が開いてきた、疲労が伺えます」といった解説を聞いたことはありませんか?実は、この表情の変化には重要な意味が隠されているかもしれません。
アスリートにとって、運動中の集中力や判断力(実行機能)を維持することは、パフォーマンス向上と怪我防止に不可欠です。激しい運動は身体だけでなく「脳の疲労」も引き起こし、実行機能を低下させることが知られています。
運動中に口が開く現象は、この脳疲労のサインである可能性があります。しかし、運動中の脳疲労をリアルタイムで簡単に評価する方法はまだ確立されていませんでした。
研究手法
本研究は、健康な男子大学生25名を対象に、サイクルエルゴメーターを用いた運動テストを実施しました。
測定項目:
- 表情解析:運動中の顔の表情をビデオカメラで記録し、Python表情解析ツールボックス(Py-Feat)を用いて16種類のAUs(Action Units:表情の動き)を自動解析
- 生理指標:心拍数、血中乳酸濃度、主観的運動強度(RPE)を測定
- 心理指標:二次元気分尺度(TDMS)による覚醒度(集中力や注意力)を測定
主な研究成果

- 表情と生理指標の関連: AU10(上唇挙上)、AU17(あご挙上)、AU25(唇の開き)、AU26(あご下げ)が運動強度や心拍数、血中乳酸濃度、RPE(運動のきつさ)と関連(r = 0.314-0.631、全てP < 0.05)。特に下顔面領域(口元)の表情変化が顕著でした。
- AU25と心理的覚醒度の関係: 運動の強さが中強度から高強度へ変わるときに、AU25(唇の開き)の変化量が大きい人ほど、集中力や注意力の低下が大きいことを発見(r = -0.421、P < 0.05)。この発見は、表情解析が運動時の「脳の疲れ」を非侵襲的にモニタリングできる新しい方法として活用できる可能性を示します。
研究のポイント
- 激しい運動時に起こる認知疲労は、パフォーマンスの低下や、判断ミスによる怪我のリスクを高める重要な問題です
- 顔の表情を画像解析することで、体に負担をかけずに、運動中の心と体の反応をモニタリングできることを実証しました
- AU25(唇の開き)の変化は、激しい運動時の心理的覚醒度低下(集中力や注意力の低下)を予測する信頼性の高い指標です
- この方法は、既存のカメラや顔認識デバイスとの統合が可能で、アスリートのトレーニング負荷管理や、認知機能を最適化する運動プログラムの設計に貢献することが期待されます
研究の意義と今後の展開
本研究は、運動中の脳疲労を非侵襲的かつリアルタイムで評価する革新的な手法を確立しました。表情解析技術を用いることで、選手に負担をかけることなく、集中力や注意力の低下を客観的に把握できます。
今後は、この技術をウェアラブルデバイスやスマートフォンアプリに組み込むことで、アスリートのトレーニング現場での実用化が期待されます。また、リハビリテーションや高齢者の運動指導など、幅広い分野への応用も視野に入れています。
研究情報
論文タイトル:Facial Lower-Region Changes During High-Intensity Exercise as Predictors of Reduced Arousal State
著者:越智元太¹²*†、小山智也¹、小根山慶汰³、岡本優美¹²、藤本知臣¹²、佐藤大輔⁴⁵、山代幸哉¹²
(*筆頭著者、†責任著者)
所属:
- 新潟医療福祉大学健康科学部健康スポーツ学科
- 新潟医療福祉大学運動機能医科学研究所
- 新潟医療福祉大学健康科学専攻健康スポーツ学分野
- 筑波大学体育系
- 筑波大学ヒューマンハイパフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)
掲載誌:Journal of Sports Sciences
DOI:https://doi.org/10.1080/02640414.2025.2574109
研究助成:
- 新潟医療福祉大学・研究奨励金2024年度(研究代表者:越智元太)
- カシオ科学振興財団第42回研究助成(研究代表者:越智元太)